流域住民の生命と財産それと対峙する自然保護。紙面では「判断」という言葉が踊っているが、これにも違和感を感じる。(朝の続きね)
仮にダムを建設しないことを選択すれば、流域住民が水害を受忍していただかざるを得ないことになる。
ダムをつくらなければ水害による被害がでても国交省はしらないよ。「知事さんよろしく」ということですね。「生命と財産を守る」国交省の正論はここにある。
一方、反対派からの意見には報道等を観ている限り国交省の正論に対する反対派の「覚悟」が見えてこない。
ダムによる治水の効果は有識者会議 総括意見案(全文)の中でもうたわれている。
住民の声としては反対意見が多いのは最初からわかっていたことである。そして、ダムが必要性もわかっている(国交省の資料を信憑性は別として)
求めれるのは国交省のいう正論に対する「覚悟」である。
この「覚悟」に対する「流域住民の意識」を知事の判断材料にしなくてはいけないのではないだろうか。
知事の公表が「ダム建設賛成」であるならば反発は大きいかもしれないが、正論を振りかざせばよいので、楽な選択である。
知事も公表が「ダム建設反対」であるななら、今後が大変だ。「反対する覚悟」を流域住民に説明し、意識をまとめ上げなくてはいけない。国交省の言うところの「流域住民が水害を受忍していただかざるを得ない」という意味の現実を細かく説明する責任が知事にある。
このことをないがしろにし、「環境問題」や「住民の声」を「ダム建設反対」の理由にしてはいけない。
「ダム建設反対」を知事の「判断」だけにとどめてはいけない。
と、傍らの人は考えるのですが、時間的な要素で考えるならば「建設賛成」なんでしょうね。じゃないと「覚悟」なんて精神的な問題、何時になったまとめ上げることができるかわからないし。
しかもココへ来て、いいタイミングで国交省大臣の「穴あきダム」発言、脅しとも言える九州地方整備局 岡本博局長の「水害を受忍」発言。国交省は捲くりたててきた。誰を捲くりたてているのかは定かではないのだが(笑
9月に入り知事の「判断」に「覚悟」があるのか注目してみたい。
タグ:川辺川ダム
非公開 2008.08.28-04:25 Edit
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