熊本には川尻刃物という伝統工芸がある。
我が家でも十数年川尻刃物の包丁を使っている(手入れが悪く、恥ずかしいが)
写真をみておわかりの通り、刃の部分に対し柄の部分が新しい。これは使っているうちに、刃と柄の部分の接合が甘くなりぐらついてきたので一年くらい前に製造元の職人さんに修理してもらったということ。
大量生産のステンレス製の包丁に比べると少しばかり値段は張るが、それでも多分ではあるが一生使えるモノとしての価値を考えれば数千円差ではない。
高価である必要は全くない。高い安いは価値観そのものである。包丁一つとっても地域の文化であり、伝統の技があり、使い慣れたモノが壊れたら修理してもらえるという安心がある。
モノの良さは「使ってみなければわからない」という経験値に大きく影響される。それが日常のモノであればあるほど、使い慣れる、馴染むという経験値は数値化・性能表示などのわかりやすいデータとすることは難しい。となれば大人であるわたし達が次の世代に経験値をいろいろなかたちで伝える必要があるのではないかということ。
「安物買いの銭失い」とまでは言わないが、モノを買うという行為が安直なっているのではないか、デフレの時代にそんなことを考える余裕がないと言ってしまえばそれまでだが、それによって失われるかもしれない伝統・文化をもう一度考える必要があるのではないのだろうか。
良いものはちょっとばかり高い、美味しいモノはちょっとばかり高い、しかしその裏側には企業、職人、技術者が安心と安全を提供してくれているということを忘れないようにしなければいけない。
これを身をもって次の世代に伝えるのはわたし達大人である。